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Good times're rollin'...

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迫り来るイケメン達(笑)

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やっと手に入れることが出来ました、EZコレクションのサイドスワイプ。
サイドウェイズとはコンビで揃えたい性分なものですから・・・。


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ビーグルモードはこんな感じです。

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司令官がダブってしまいました。

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『我輩はデプスチャージだー!』

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某所で見つけたコンセプトアートなんですが・・・これデプスチャージですよね・・・・・・?

何でこんなカッコイイ人を出さなかったんだマイケル・ベイ・・・!!
もういい!もうたくさんだ!ド○ームワー○スを破壊する!!

NEC_1385.jpg

せっかくサムもいることですし、1作目のシーンを再現してみました。
『サム・ウィトウィッキー、人類の存亡は君にかかっている・・・。』

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『待てーい!』『待てと言われて待つ馬鹿がいるかー!真っ二つにされるのはゴメンだぜ!』

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『そいつは私の獲物だ!』
『いや私の獲物だ!』

・・・色々と物騒なスワイプさん達(笑)




どーしても司令官が観たくなったので1作目のDVDを英語音声・日本語字幕と
日本語音声・英語字幕で計2回観ていたのですが、耳から入ってくる情報=日本語、
目から入ってくる情報=英語だと違和感あり過ぎて軽く混乱しそうでしたw

いつもながら司令官の『メガトロンだ、下がれ、急げ、下がれ!』という台詞はどっから
聞こえているんだ・・・?と気になってしまいます。

ビーがスパークをサムに渡すシーンなんですけど、サムはおそらく事が収まるまで『一緒にいるよ』と
言ったのに対し、ビーはこのスパークを無事に護ってくれ、という含みがありそうなので
若干この時の2人にはズレがあるんだと思います。
だからレノックス少佐にビルの頂上へとスパークを持っていくように言われた時『嫌だ』と
答えたのではないかと。スパークを手渡した時点でビーはサムを戦士と認めているわけです。

バンブルビーは行動が可愛いところばかり好かれがちですが、一端の戦士としての自覚を持ち
司令官の元で戦い、なおかつ一介の?トランスフォーマーとしてサムとの友情も忘れない
かなり成熟した大人なトランスフォーマーなんだと思います。

ユニバース本からすると、決して彼は栄誉や賞賛を望んでいるのではなく、
あくまで自分の任務とその任務が達成されたかどうかが一番の価値基準なんです。
ですが、彼の深い思いやりや意図によってわざと任務に背くこともあるようですね。
平均的な小隊のリーダーを務めることが出来るほどの能力を持ちながら、副官の地位に就くことなく
斥侯兵としているのは彼の価値基準でなんとなく納得できます。
『彼は勇敢な戦士だ、任務の優先を望むだろう。』という司令官もその辺は十分理解しているんだと
思います、もちろんジャズのバンブルビーを助けなければいけないという気持ちも。


今でもタイガーパックスでメガトロンにスパークを奪われた事を後悔していると思うと
なんだか無性に悲しくなってきます。
例え戦闘の結果が大勝利に終わったとしても、彼はそのために犠牲になった多くの命を
哀れんでいるんでしょうね。何かを失う事への恐れは司令官に匹敵するかも知れません。

サムがメガトロンにスパークを押し込むとき、司令官が『よせ、サム!』と言ったのは
かつてサイバトロン星で防衛士官として共に生きていたメガトロンをまだ覚えていて
なおかつ彼の目的はメガトロンを倒すことではなく彼の野望そのものを阻止することであり
自分が犠牲となり平和が戻ればそれで良かったのです。

でも結果としてオプティマスは生き残り、メガトロンは死んだ(リベンジで復活しますけど)。
そう思うと『こうするしかなかったのだ、友よ・・・。』という台詞は言う方も聞く方も複雑です。

ユニバース本の『Where there is life, there is hope』や『自由は全ての生き物が持つ権利だ』
という台詞から、オプティマスにとって生命が存在していればそれで十分であり、
言葉を言い換えると絶対に死守しなければならないものなんだと思えます。

加えて自分達の戦いに人間を巻き込んでしまったこと、人間の自由の権利を侵害してしまったことに
かなり責任を感じているんだと思います。だから自分達の過ちの犠牲には出来ないと。

『人間は生きるに値しない』『人間にも運命を選ぶ権利はある』というのは
メガトロンからすると自分達がすなわち生態系のピラミッドの頂点に立つ存在であり
それ以外の生命は煮ろうが焼こうがどうしたって構わないのです。
客観的に見て、人間達は何れ滅びてしまう存在だという含みもありそうな気もしますが。
それに対し司令官は、例えそうであっても、自分達の運命は自分達で決めなければならないという
スタンスから、あるいは過ちの犠牲となってしまった責任と人間は生きなければならないという
観点からこう言っているのではないかと。

・・・と思うと『What I've done』と『New divide』の歌詞が司令官の気持ちそのまんまじゃんと
思えてきました。




リベンジも、もちろんいい作品ですが一人一人の個性が如実に出ているのはやはり1作目の
『トランスフォーマー』だと思います。リベンジはキャラが出すぎでおじいちゃんとスワイプ、
ツインズ以外全然キャラが立っていません。
加えてシリアス面が少なく、個人的にニヤニヤ出来るシーンやトランスフォーマー達が登場している
シーンは圧倒的に多いですが、あまり深みが無い。

という意味に限ってはあまりリベンジは好きではありません。
それでも私の中では暫定的に一番好きな映画ではあるのですが。


単にスクリーンから伺える彼らが好きなのではなく、こうした人間くさい(というか中身は立派な
人間としか思えませんが)ところが好きなのです。
バンブルビーは『行動は言葉以上に物を語る』と言ってますが
たとえ分かりきっていることでも、言葉にしないと伝わらないですし。


うーん・・・やはりブログではもう限界です・・・。ホームページ作ってしまわないと。

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